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2018年9月18日火曜日

古民家歴史講演「平家物語」の響き at 杉並区郷土博物館|2018年10月7日(日)14:00~16:00


鎌倉時代に成立した平家物語は、古文や歴史の教科書でもおなじみの軍記物です。また、琵琶の伴奏で語られることもよく知られています。
本講演では、琵琶奏者・古澤月心氏の演奏で、諸国を巡り、行く先々の道端や庄屋屋敷などで演じた琵琶法師を再現します。
古民家を舞台に、昔の人が聴き入った平家物語の響きを味わってみませんか。

【場所】東京都杉並区郷土博物館
〒168-0061 杉並区大宮1丁目20番8号
03-3317-0841
【日時】2018年10月7日 14:00~16:00
※事前申し込み不要。直接会場へお越しください。
※座布団席20席、椅子席10席

2016年11月16日水曜日

真夏の夜のボランテァ~公園で子供たちに琵琶語り



真夏の夜のボランティア~公園で子ども達に琵琶語り

 八月九日の土曜日の夜、子ども達に琵琶弾き語りの野外演奏を行った。

 連夜の蒸し暑さが嘘のようにとれて心地よい涼風が芝生の上を通り抜けていく。空には一隅に暗雲が立ちこめていたがなんとか保ちそうだ。
 実は、二ヶ月前に自然保護の地元のボランティア団体から浜田山の柏の宮公園で、子ども達の夏休みの野外イベント、「夜の生き物観察~夜の探検隊」の締めくくりに、三〇分間何か琵琶の話と音色を聞かせて欲しいと頼まれた。参加者の顔ぶれを尋ねると、保育園児から、幼稚園児が中心でそれに小学校の低学年も混じっている由。

2016年11月14日月曜日

酒を愛し、菊を愛した田園詩人 陶淵明


酒を愛し、菊を愛した田園詩人 陶淵明

陶淵明と「帰去来の辞」について 
 
陶淵明は、今から1600年前の中国六朝時代の詩人です。東晋の興寧3年(西暦365年)、江州潯陽柴桑(江西省九江)の生まれ、南朝宋王朝の元嘉4年(427)年、63歳で没しました。丁度日本で言えば、大和朝廷が誕生した頃でした。 

杜甫・李白の時代から言えば、約400年も遡ります。彼は、長じて、官僚生活を送りましたが、37歳の時、母の死に会い3年間の喪に服しました。その後一旦帰任したが、40歳の時、妹の訃報を機に、80日あまりで当時の知事(彭沢の県令)の職を投げうって、田園に帰ったのです。門閥としては、それ程恵まれてもいなく才能よりも門閥が巾をきかせる当時の官僚社会でおべっかを使わねばならぬ役人人生に嫌気がさしていました。

2016年11月11日金曜日

平家物語と方丈記の関係



          平家物語と方丈記


平家物語の生成―平家の作者は誰か、そしてそれは何時ごろ、どのようにして今の形に出来上がったのでしょうか。このテーマは、まだ完全に解明・実証されておらず、平家の作者一つをとっても今もって大きな謎と言ってもいいでしょう。平家物語の誕生については、兼好法師の書いた徒然草の226段にその一文がありますが、世の研究者はこれを一つの出発点としております。

2016年8月23日火曜日

片雲の旅人 松尾芭蕉~奥の細道 深川~平泉編



片雲の旅人・松尾芭蕉~おくのほそ道 深川~平泉編        

「芭蕉という名を口にするとき、私どもは、何かしら日本人の心のふるさとといったなつかしさがあります。奥の細道の旅は、今から約325年前の元禄2年に行われました。

彼はこの前後にも旅から旅で過ごしました。44歳の時、「笈の小文」の旅をするにあたってて詠んだ、“旅人とわが名呼ばれん初しぐれ”の句があります。

芭蕉は、生来虚弱体質で、痩身の体に鞭打ち、乞食行脚の漂白の人生を送りました。私の芭蕉のイメージは、奥深い峠の道端で谷間からの吹上げる風に、楚々と揺れ、今にも折れなんそこはかとない純な花にも似ているような気がいたします。

高校時代の思い出ー小泉八雲の怪談を読んで


  高校年生の時でした。

小泉八雲(ラフカディオ・ヘルン)の怪談の「耳なし芳一」を初めて読んだ時のことです。びわひきの芳一が、赤間が関の阿弥陀寺に厄介になっていた時でした、和尚が留守をしていたある晩、平家の亡霊の鎧武者に誘い出され、さる高貴な人の館の大広間(実は平家の墓所なのだが)で平家物語の壇ノ浦合戦のくだりを語る場面があります。そのくだりで、芳一の平家琵琶弾奏の描写を八雲は、次のように書いています。(原作は英語)

2015年4月13日月曜日

3年シリーズ・「平家を語る」を始めて


2015年3月17日「平曲を語る」風景
(演目は知章最期)at茶工房・遊水
三年シリーズ(隔月18回)の「平家を語る」ライブを杉並・堀の内でスタートしてから、先月(3月17日)で5回目が終了しました。

昨年半ば、「適当な小会場(20名程度まで)があれば、是非やりたいのですが・・・」と、いつもお世話になっている樺山さんに、温めていた企画を持ちかけていたら、奥様のご紹介で、地元でよくご存知の杉並・妙法寺前の老舗、「茶工房藤和園・遊水」さんでということに、とんとん拍子で話が決まりました。

2015年4月7日火曜日

文盲の民衆に文学を伝えたさすらいの琵琶法師



  平家物語は、源平争いの激動の動乱期を経て、その史実をもとに、当時の和魂漢才に溢れた知識人が、拾い集めた事実を基に脚色し、その後幾人かの作者が関わって増補して完成されたものであることは疑いの余地はないようです。

 平家物語は、純粋の歴史書ではなく文学書であります。これを文芸琵琶として盲目の琵琶法師に与え、職業の糧にしました。創作期(平家没後30~80年位)の時代、琵琶法師が各地で聴衆に語り、色々と足りないエピソードを源平のいくさに関係のある当人や子孫から拾い上げ、補充されていったことは充分考えられます。

2014年11月1日土曜日

我が心の琵琶


 琵琶は、“なかばの月”とも呼ばれていました。琵琶の腹板の左右に彫られた響孔の廻りに象(かたど)られた半月―それは琵琶発祥の地ペルシャの象徴とも言われ、平安の昔から琵琶の別称として和歌にも読み込まれているのです。

2014年10月30日木曜日

古里の琵琶発祥伝説



古里の琵琶発祥伝説

私は、太平洋戦争勃発の前の年、昭和十五年の年明け早々、宮崎県日南市に生を受けました。故郷は、昔、飫肥(おび)藩五万三千石の城下町で、殿様は伊東公です。戦国時代は、島津藩と伊東家は領地を争い、一時島津領であったこともあります。その国盗り合戦の薩摩琵琶歌に、「木崎原(きざきばる)合戦」というのがあります。

伊東の殿様の先祖は、伊東半島に領地を持つ源頼朝の重臣であった工藤祐経でした
祐経は、鎌倉時代富士の裾野の巻狩りで曽我兄弟の敵討ちにあい一命を落としました。

2014年10月29日水曜日

平曲の稽古風景幻想


  

      祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
              娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現す。

今年の7月、杉並区内の大宮小学校で、琵琶の語り聞かせ授業を頼まれ、お邪魔したとき、担任の先生が小学校5年生になると、平家物語の冒頭を声に出して覚えさせているとのことでした。子ども達は暗記するのが早いですよね。

人間歳取ると覚えも悪く忘れっぽくなる。でもお経や歌詞でも節を付けて覚えると意外と忘れにくい。その点平家物語は語り物で、すべてに節がついていますから覚えやすい。