2016年11月14日月曜日

今平家 西海慕情~追憶の歌人 建礼門院右京の大夫 伊子


                        今平家           西 海 慕 情 
  ~追憶の歌人・(けん)礼門院(れいもんいん)右京(うきょうの)太夫(だいぶ)伊子(ただこ) 
(謳い出し)悲しき寿(じゅ)(えい)秋暮れて、今は、はかなき壇ノ浦、(いくさ)余燼(よじん)未だ()めやらぬ、平家追われる京の町、(中干)頃は文治(ぶんじ)二年朝まだき、三条通りを(ひそ)やかに、女車(おんなぐるま)()だし(ぎぬ)(変調)薄靄(うすもや)かかる高野川(たかのがわ)(ただす)の森を打ち過ぎて、八瀬(やせ)街道(かいどう)を忍びなば、(陽戦法(なら)()騒ぐ山陰(やまかげ)や、(ましら)の声か鹿(しか)()か、いと覚束(おぼつか)なくぞ(おぼ)えたる。
(披講調)  岩根ふみ、誰かは問わん楢の葉の
そよぐは鹿の渡るなりけり 大納言(だいなごん)(のすけ)

(地)はるばると、訪ねる大原(おおはら)西(にし)(やま)一宇(いちう)御堂(みどう)寂光院(じゃっこういん)(しば)引き(むす)(くさ)(いお)、まさきの(かずら)(あお)(かずら)(まがき)にからむ(つる)りんどう、(あか)()(あお)()、付けにけり。(くろ)()(ごろも)に身を包む(けん)礼門院(れいもんいん)()わすなり。
(吟替)今は昔、右京(うきょうの)大夫(だいぶ)()(しな)にて、内裏(だいり)後宮(こうきゅう)藤壺(ふじつぼ)に、宮仕(みやづか)えに(あが)りしは十七の春。主人(あるじ)中宮(ちゅうぐう)徳子(とくこ)(さま)今宵(こよい)(みかど)がお渡りと、お顔ほんのり桜色。(地)お二人並べば夫婦(めおと)(びな)()(びな)凛々(りり)高倉(たかくら)(てい)()(びな)紅梅(こうばい)下重(したかさ)()に、紅色(べにいろ)()けて(あや)なせる、(こう)()めの小袿(こうちぎ)かぐわしや、
(中干)(くも)()()けて、()りそそぐ、月の光は中宮(ちゅうぐう)様、お(かみ)はまばゆ太陽(たいよう)準え(なぞら)、夢見る伊子(ただこ)かな。

(上げ歌)  雲の上にかかる月日の光見る
身の契りさへうれしぞ思ふ (伊子)

(吟替)昔、天子(てんし)国母(こくも)とうたわれて、百官(ひゃっかん)悉く(ことごとく)(あお)ぎみる。今、天人五衰(てんにんごすい)秋深み、裏山(うらやま)おろしに風すさぶ。思いもよらぬ現世(うつしよ)に、はたまた(かえ)(えにし)とは。(おさな)(みかど)分断(ぶんだん)運命(さだめ)悲しきわが身かな。(地)六道(ろくどう)輪廻(りんね)()めぐりて、読経(どきょう)によすが求めつつ、菩提(ぼだい)(とむら)う日々なりき。
(大干)夢かうつつか七年(ななとせ)ぶりに、旧主(あるじ)のご尊顔拝するや、「お(かた)様」と絶句して、(せき)来る()()めどなく、嗚咽(おえつ)にむせぶばかりなり。女院(にょういん)、やさしく手をさし()べて、
(素声)右京(うきょうの)大夫(だいぶ)、よくぞ(たず)ねてくだされた。そなたも良き人(はかな)く成りて、心のうちや、いかばかり」と、(地)久方(ひさかた)伊子(ただこ)を思いやれば、阿波内(あわのない)()大納言(だいなごん)(のすけ)も、おそばに(はべ)り、ただ涙。あとは、今は昔の物語、時を忘れて、語らえば何時(いつ)しかに、はやしのび()る秋の暮れ。しじま破りて(やま)杜鵑(ほととぎす)一声(ひとこえ)高く飛び去りぬ。
(下げ歌) 今や夢昔や夢とまよわれて
いかに思えどうつつぞなき (伊子)
(地)想い出ずれば、治承(じしょう)元年(がんねん)春のころ、中宮(ちゅうぐう)徳子(とくこ)様、父清盛公の西八條邸へ里帰り、平家一門続々と、こぞりて開くや春宵(しゅんしょう)(えん)、維(これ)(もり)の笛、(つね)(まさ)の琵琶、伊子(ただこ)奏でる(こと)()や。
管弦(かんげん)(おと)(はな)やかに、釣り(つり)殿(どの)渡り、さざ波()れて、中の島に流れたり。()(おり)て中宮様へ手渡す蔵人(くろうど)(すけ)(もり)様に()()められる今宵の伊子(ただこ)かな。
(今様風))   恋路には迷い入らじと思ひしを
うき契りにもひかれぬるかな (伊子)
(陽戦法・崩れ)逢瀬(おうせ)重ねて幾年(いくとせ)や。やがて平家の都落ち、いざ、弓矢取る身の(すけ)(もり)様は、(つわもの)(ひき)い、都を立ちて、西の方にて戦いぬ。頃は元暦二年桜花(おうか)の季節、哀れとどめる(下の下)壇ノ浦。(地)祈りはむなし、
(中干)君の散り際、聞かばこそ、ただ茫然(ぼうぜん)といつまでも、うち伏し泣きいる伊子(ただこ)なり。
(上げ歌)  なべて世のはかなきことを悲しとは
            かかる夢みぬ人やいひけむ (伊子)
(謳い出し)嗚呼(ああ)、寂光院(いく)星霜(せいそう)裏山(うらやま)渓流(せせらぎ)たどりなば、石段上がりて、(くすのき)の木(そび)え、五つの石塔(せきとう)並びたり。一つは、右京(うきょうの)大夫(だいぶ)と伝えらる。
(和歌調・繰り返し)  山深くとどめおきぬる我が心
        やがて住むべきしるべとを知れ (伊子)        (了)