① さあさあ、ピョン太とケロティ、空の大冒険のはじまりだよ。
♪ メダカの学校は、川の中、そっとのぞいてみてごらん。そっとのぞいてみてごらん。みんなでお遊戯しているよ。
田んぼには、ここで生まれた東京ダルマガエルたちが住んでいます。アカガエルやヒキガエルも住んでいます。アメンボーもいますよ。
今日のお話は、この東京ダルマガエルの兄弟、名前は、お兄ちゃんが、ピョン太、妹がケロティです。ピョン太は、妹思いのやさしいカエルです。
♪オタマジャクシは、カエルの子、ナマズの孫ではないわいな。それがなにより、しょうこには、やがて手が出る、足が出る。
(琵琶語り・大干) 5月になれば田植え時期、みんなで植えた稲の苗、すくすく育てばやがて秋、コロコロと、実った稲穂は、こがね波。
③(朗読) ところで、妹のケロティは、生まれた時から、体がすこし弱かったのですが、なんとも歌が上手で、鈴を転がすようなその声は、いつもみんなが聞きほれました。
♪かえるの歌が、聞こえてくるよ。クワッ クワッ クワッ クワッ ケケケケ ケケケケ クワッ クワッ クワッ。
④ ある日のこと、田んぼのそばの松の木にカラスがとまっていました。名前はブラッキー、ところが、ブラッキーは、急に聞こえた救急車のサイレンの音に驚いて、羽根を枯れ枝に引っかけ、ケガをして田んぼの畦(あぜ)に落ちて、気絶してしまいました。(スリ)
可哀想なブラッキー、ピョン太は、ブラッキーが気がつくまで、田んぼの水を掛けてやりました。
(琵琶語り) かけろ、かけろ、水かけろ、ブラッキーのあたまに水かけろ。カラスのぎょうずい、濡れ羽色、ジャンジャンかけろ、水かけろ。水かけろ~。
(朗読)ようやく、ブラッキーは気がついて、羽根をバタバタさせました。飛びたくても力がはいりません。弱々しく、「カア、カア」と鳴きました。
④ ピョン太は、一晩中、そばにいて、かいほうしました。ケロティは、そばで歌をうたって元気づけました。二人のお陰でようやく元気をとりもどしたブラッキーは、次の朝、無事に飛び立っていきました。「ありがとう、又来るね~」
⑤ それから、ブラッキーは、ピョン太たちと、大のなかよしになりました。ブラッキーは、毎日のように、遊びに来ては、空から見た景色や、遠くの様子を話して聞かせます。
「僕の生まれた和田堀公園はね、ここよりもっと広い森や広場があるんだよ」
「ふ~ん、ここより、広いところあるの」ケロティがたずねました。
「そうだよ、何百倍、何千倍もひろいよ」
「ヘー、そうかあ、僕たちも空を飛んでみたいな。ねえ、ケロティ」
「うーん、飛びた~い」
ケロティは目を輝して言いました。
⑥ 5月になると、よい子達の田植えも終わり、月夜の晩などは田んぼのカエルたちは、みんなで、コロロ コロコロ コンコロロと心ゆくまで合唱しました。
♪ 月夜の田んぼで、コロロ コロロ コロロ コロコロ 鳴る笛は、あれはね、あれはね、あれはカエルの銀の笛、ささ、銀の笛。
⑦ (朗読)こんな楽しい日が続いた、ある雨上がりのお昼のことでした。ミツバチが花から花へ、かろやかに飛んで蜜を集めています。アゲハチョウも飛んできて、花の蜜をおいしそうに吸い始めました。ケロティは、それに見とれて、もっと、そばで見たいと田んぼのあぜにのぼりました。ところが、ケロティは、日頃、ガマガエルのじいさんに、注意されていたことをすっかり忘れていたのです。
「いいかい、ケロティ、危ないから、ぜったいに、ひとりであぜにのぼってはいけないよ」
⑧ でも、その時でした。水を飲みに来ていたシマヘビの悪ニョロが、ケロティをねらって、ヒタヒタと後ろに忍びよっていたのです。
いち早く見つけた、ともだちのギンヤンマのブルルンが、「ケロティ、あぶない!」と叫びました。
⑨ ケロティは、あわてて、いそいで田んぼに飛び込もうとしました。でも、一瞬、遅かったのです。悪ニョロに、 パクッと、うしろ足をくわえられてしまいました。
もがけばもがくほど、ケロティの体は、呑み込まれて、悪ニョロの口の中にヌル、ヌル、ヌル、ヌル~。ヌル、ヌル~とはいっていきます。もう体半分隠れてしまいました。
「助けて~!」ケロティが必死に叫びました。絶対絶命!カエルたちは、大騒ぎです。でもみんな、どうすることもできません。
⑩ とその時、何やら、上の松の木から黒いボール球のようなものが、目にもとまらぬ早さで落下してきました。ブラッキーです。つばさを閉じて急降下!悪ニョロ目がけて体ごとぶつかりました。
(琵琶語り) 「イテテテテ!」 ビックリ仰天、悪ニョロは、 思わず悲鳴をあげました。途端に口からケロティが、 ポチョンと抜け出て落ちました。 悪ニョロは一度ひるむも、負けずに体制立て直し、ブラッキーに戦いを挑みます。ジリジリと間合いをつめるブラッキー。 悪ニョロ、鎌首もたげて、張り裂けんばかり、口押し開けて威嚇する。 一瞬、隙(すき)を見つけたブラッキー、 パット飛んだら、後ろに廻り、悪ニョロのしっぽを捕まえる。力を込めて、悪ニョロを、くるくる回すや、ハンマー投げ。たまらず、悪ニョロ空中へ、 縄のようにすっ飛んで、木にバシッとぶちあたる。 悪ニョロは、長々とのびてしまったよ。
(朗読) 「いいかい、今度また田んぼに近づいたら絶対承知しないからな」「わかった、わかったよ」
悪ニョロは、痛い体をひきずって、すごすごと田んぼをはなれ、近くの森に帰っていきました。
⑪ でもケロティは、それからすっかり元気がなくなりました。
(琵琶語り・吟替わり) 余りのショックに ケロティは、 声が全然出なくなる。ただ黙り込むケロティに、 みんな心配するけれど、まったく元気がありません。何とか昔の明るさにもどってほしいと仲間たち。ひたいをよせて知恵しぼる。
⑫(朗読) いい知恵が浮かびません。そこで、ものしりのガマガエルのじいさんに、相談することにしました。
「そうじゃのう、まずは、ケロティに、笑顔を戻してやることじゃ。笑顔が戻れば、声もいっしょに戻るさ。ケロティは、今、その笑顔を心のとびらの奥に閉じこめてしまったのじゃ。でも心の扉をあけるには、魔法のかぎが、必要なんじゃ。さて、そのかぎじゃがの・・・、ケロティが、一番、よろこぶものを探してやることだよ」
⑬(琵琶語り・変調) 二十日ぐらいが過ぎました。それでもケロティ、声出ない。魔法のかぎも見つからない。みんな困ったその時に、ブラッキーが遠慮がちに言うことにゃ、さの言うことにゃ」
(朗読)「ケロティは、空を飛びたいといつも言っていた。一度、僕の背中に乗せて飛んでみるよ。空を飛べば、よろこぶかもしれないよ」
カエルたちは、びっくりしました。仲間のいっぴきが、あきれて、
「カエルが空を飛ぶなんて聞いたことがないよ、もし落っこちでもしたらどうするんだよ」「そうだそうだ」
「第一、かえるが空を飛ぶなんて聞いたことがないよ」
ワイワイガヤガヤ、みんな反対しました。
⑭ するとブラッキーが、もう一度言いました。
「飛ぶのは、田んぼの上だけにするよ。それも、すれすれに低く飛べば、万一落ちてもケガはしないだろう?」
「んー、なるほど、それならだいじょうぶかなあ~」
カエルは、ジャンプは、得意です。みんなうなずきました。ピョン太もいっしょに乗ることで、ケロティは、コクンとうなづきました。
⑮ まずピョン太が、ブラッキーの背中に乗り、前足で羽根毛をつかみ、後ろ足をピタッと、ブラッキーの体に吸い付けました。
「さあ、ケロティ、だいじょうぶだよ、うしろに乗って!ぼくにしっかりつかまるんだよ」
ケロティは、さいしょ、おっかなびっくりでしたが、思い切って、ぴょんと飛んで、乗りました。
⑯ ブラッキーは、まず、二人を乗せて、あぜのまわりをゆっくり、一周しました。ブラッキーが歩くたびに、ふたりの体は、左右にゆれて、ヒョコ、ヒョコ、ヒョコ。ギンヤンマは、それがおかしいと、笑いころげ、トンボがえり。カエルたちも、ケロケロ、笑いながら水音たてて、しぶきをあげ、ピョン、ピョン、ピョンとはねました。
(琵琶語り) ケロピョン ケロピョン ケロピョンピョン ケロケロ ピョンピョン ケロピョンピョン
⑰ このときです、ケロティが、みんなの笑いにつられて、ニッコリ、笑いました。ようやく心の扉が開いたようです。
⑱ ブラッキーが言いました。
「いいかい、今度は、田んぼの中をすれすれに飛ぶからね、しっかりつかまっているんだよ」
ブラッキーは、体をしずめると、大地をふんわり、足でけりました。ブラッキーの翼がしなり、体がふわっと浮き上がると、つばさがヒューとなり、田んぼの稲が、さざ波のようにゆれました。
⑲ 田んぼをひとまたぎして反対のあぜにおりました。すると、ケロティが、思わず声をだしたのです。
「ねえー、ブラッキー、あっちまで飛んで!」
「おおー、おじょうさん、口をきいたね。いいともさ、今度は、田んぼを三つ越すからな」
ケロティは、すっかりなれて、ちょうしにのりました。
「ねー、お願い、今度はもっと、たかく飛んで」
「ピョン太、いいかな?」
「うん、しっかりつかまっているから、いいよ」
「よし、じゃあ、ゆっくり飛ぶからね」
⑳ ブラッキーは、ゆっくり、ゆっくり大空へまいあがりました。下を見ると、田んぼの横の池の古代はすが、赤く咲いて太陽にかがやいているのが見えました。小さな田んぼが、ますます小さく、小さくなっていきます。土手のうえの松の木の高さまで来ると、柏の宮公園を一周し、北に向かいました。すぐに、大きな森が見えます。
「あれが、大宮八幡さまの森だ。ぼくの家族や、友達がが住んでいるんだ。それから右を見て! 大きなグラウンドで人が大勢かけっこしているよ。運動会だな。そのそばに白い建物が有るだろう。あれは大宮小学校だよ」
ブラッキーは、おしゃべりしながら、大宮八幡様の境内の中の、銀杏の木にとまりました。
21 そこで、ブラッキーは、神様においのりしました。
「神様、浜田山の池と田んぼが、いつまでも、住みよいところでありますように。仲間たちが、病気にかからず元気でありますように。それから、田んぼの稲が、秋には立派な、りっぱな稲穂をつけて、よい子たちが、楽しく稲刈りできますように」
22 ブラッキーは、八幡さまの森の中を流れる善福寺川や、和田堀公園の池も案内して、仲間達のいる浜田山の田んぼに帰りました。
23 それから、ケロティは、みちがえるようにすっかり元気になって、もとのいいのどで、歌がうたえるようになりました。
それからケロティは、みんなに、大空から、ながめた杉並のまちなみや、はちまんさまの森のことをいつも、得意そうに話してきかせました。
ピョン太は、そんな妹をそばで、うれしそうにながめて、ブラッキーに感謝しました。ブラッキーも、恩返しができて、うれしくて、うれしくてたまりませんでした。 (おわり)