2014年11月1日土曜日

我が心の琵琶


 琵琶は、“なかばの月”とも呼ばれていました。琵琶の腹板の左右に彫られた響孔の廻りに象(かたど)られた半月―それは琵琶発祥の地ペルシャの象徴とも言われ、平安の昔から琵琶の別称として和歌にも読み込まれているのです。


一例を上げますと、鴨長明の同じ和歌所寄人(よりうど)の仲間であった藤原家長が後鳥羽院の申しつけで、代わって長明に揆に書きしるして送った和歌があります。
    

山深く入りにし人をかこちても 

なかばの月を形見とはみ

「大原の山深く入ったあなたのことを思い悲しみ、山に沈もうとする半月(琵琶に例え)を形見としてみましょう」という意。 

因みに方丈記を著した鴨長明は、平安末期から鎌倉初期の端境期に生き、琵琶をこよなく愛しましたが、五十代になって無常を感じ大原に隠遁した頃、後鳥羽上皇に切に所望され、やむなく片時も離さなかった手製の「手習い」」と名付けた愛用の琵琶を心ならずも献上させられ、もらった和歌です。 

ところで、琵琶の音色とその語りは、どうしてこうも私の魂を揺さぶり、心を離さずにはおかないのでしょうか。

本格的に琵琶を始めた頃のことでした。ある時、私は自分の心の中にひそかに棲み込んでいたものが、琵琶の霊力に揺り動かされ、激しく感応したように感じました。それは、言霊(ことだま)とでもいうのでしょうか―遙か遠くいにしえの彼方から、先祖より受け継いだDNA(遺伝子)が呼び起こしたせいかもしれません。 
 

 薩摩琵琶や平家琵琶の語りは、「非業の死を遂げた英雄の鎮魂歌」でもあります。怪談めいて恐縮ですが、深夜、電氣を消し、蝋燭一本をたよりに、暗闇の中に琵琶を弾き語っていますと・・・・、ふっと、肩の後ろがなにやら重たくなり、肩になにかがとまっているような気になることがあります。ザワザワとものの気配がするのです。気のせいではないようです。 

東北の恐山の“いたこ”さながら、なにやら襟もとに、非業の死を遂げた平家の登場人物が集まり、聴き澄ましているような「不思議」を感じるのです。 

そう言えば琵琶は、耳なし芳一の話ではありませんが、昔から、異界との交流をつなぐ楽器だったのですものね。 

「おいおい、最初からあまりおどかしっこなしだよ!」デスって・・・? 

大変失礼いたしました。閑話休題。 

さて、早いもので、琵琶をたしなんで三十五年が過ぎました。今では琵琶は、嬉しいにつけ、悲しいにつけ、また苦しいときも、私を励まし、慰めてくれる人生の相棒となりました。

 興にのって、楽しく語れたライブではお客様と見えざる糸でしっかり結ばれ、琴線に触れる交流が出来ますし、独り清夜、月に向かい琵琶を奏でれば、我が身は、いつのまにやら、“壷中(こちゅう)天有り、幽玄の仙境に入り込んでいるのです。

(続く)